先般、『元禄御畳奉行の日記――尾張藩士の見た浮世』なる書を読み申した。神坂次郎どのの筆によるもので、中公新書より出でたる書にござる。
少し前に、『幕末単身赴任下級武士の食日記』という、これまた風変わりにして興味深き書を読んだ折、「あれ、『元禄御畳奉行』という本もあったはずじゃ」と、ふと思い出し、棚を探したものの見つからず。恐らくは以前、ブックオフなる古本処に持ち込んだ本に紛れてしまったか――と、迷いに迷うた末、再び買い直し申した。
この本は、元禄の頃、尾張藩にて畳奉行を務めし朝日文左衛門なる士の、日記をもとに綴られた読み物にござる。畳奉行といっても、畳を見回る役目の記録というわけではなく、十八の若き日より四十四に至るまでの、日々の出来事、見聞したこと、思うたことなどを細々と書き留めた、まこと貴重なる記録でござった。
何が驚きと申して、朝日どの、大層な酒好きでござって、毎夜のように飲んでは酔い潰れておったとのこと。ついには、その酒が祟って早逝されたようでござる。しかしながら――その酔いどれの身ながらも、長文の日記を欠かさず綴っておったというのは、まこと感心の至り。
拙者など、酒の席から戻った夜は、筆など執る気も起きず、翌朝に持ち越したとて、二日酔いでは何を書く気にもなれぬ。それが、文左衛門どのは、酒席で供された肴や料理の数々を後日、漏らさず列記するとは――おおよそ常人の所業とは思えぬ。
芝居を愛し、遊びを楽しみ、生類憐れみの令が吹き荒れる中、禁じられた魚釣りに興じる反骨精神。奉行として公務に出れば、あちこちで業者の過分なる接待を受け、父母に叱られ、己も反省すれど、やめられぬ酒癖。時に、妬ける女房に手を焼きながらも、どこか憎めぬ。
思えば、苦労も多かったであろうが、朝日どのは、この浮世を存分に味わい尽くした男であったと見ゆる。まこと、よくぞ日記に残してくれたものよ。
2024年11月3日ーこのページー2024年11月5日