このたび「神も仏も大好きな日本人」と申す書物を読了仕りた。島田裕巳どのの筆によるもので、ちくま新書より出でたる由。
その題名に惹かれ、つい手に取った次第にて、なにぶん私も題のとおり、神仏ともにこよなく敬う者ゆえ、まことに興味深く拝読した。
森の鬱蒼と茂りたる中に鎮座まします神社、その拝殿の前に立ちぬれば、まるで心の垢が洗い落されるような心地が致し申す。されど神社の境内は、たいてい出入り自由にて、旅の者とて咎めらるることは稀。かえって、地元の方々より「ご苦労さまです」とか「ようこそお参りくださいました」などと、あたたかき言葉を賜ることも多く、まことにありがたきことである。
さて、幾年か前のことだが、奥州岩手の浄法寺町にございます天台宗の古刹「天台寺」へ立ち寄りし折のこと。そこにて、無惨にも壊されし仏像の数々を目の当たりにし、廃仏毀釈の猛きこと、我が眼を疑うほどであった。仏を敬うはずの我ら日本人が、みずから仏像を打ち壊したなどとは、私には俄かに信じがたきことである。されど、それは紛れもなく歴史上の実事にてあった。
この書においては、奈良の興福寺をはじめ、いくつかの古刹を取り上げ、明治の初頭に起こった神仏分離の有様を詳らかにし、その背後である思想や政の動きを説いている。
江戸の昔までは、神と仏とは仲睦まじく共にましまし、同じ境内、あるいは同じ社殿にて祀られるも、ごく自然のことであった。伊勢の大神宮においてさえ、その例に漏れず、仏も祀られておった由。
しかるに、神仏習合を「歪み」と見做した国学者や神道家どもが、時の政権を得たを好機と見て、仏を追い出す運動に邁進した。その勢いは凄まじく、たとえば薩摩においては、藩主の菩提寺すらも取り壊され、県内のすべての寺院が一掃されたとのこと、驚くばかりであった。
その後、さすがに過激すぎたと反省され、多少は是正されたるものの、神社と寺院との関係は、もはや元の姿に戻ることなく、今に至るのである。それでも、我ら日本人は寺を捨てることなく、神社と寺、両方を祈りの場として受け入れ続けている。これは誠に、我が国の民の心の深さを示すものでござろう。
またこの書では、日本人の宗教心についても言及されている。宗教は何ぞと問われれば、「無宗教」と応ずる者が多いとのこと。されど、これは神も仏も共に敬うがゆえ、どちらとも定めがたく、結果として無宗教と称してしまう、という次第らしき。
私は、実のところ、森羅万象に神が宿るという神道の考えには得心ゆくものが多く、心の底より共鳴するところであった。されど、我が家には仏壇もあり、先祖を弔う心を忘れることはでき申さぬ。よって、神仏ともに敬い、共に祈ることこそが、我が心に適う宗と申せましょう。
