2024年11月15日の日記 エックス

日記

この頃、スマホの記録によれば、どうやら私、毎日一時間ばかり「エックス」なる場を眺めているらしき。

私は、著名なる人物を数十人、さほど名は知られずとも、各々の分野にて見識をもつ者たちをまた数十人、さらに、恐らくはこの地元の方々と思しき者どもを数十人を追いかけている。

中には、考えの合わぬ者もおる。されど、あえて切ることはせず、見聞きすることにしている。時に腹立たしきもあるが、これもまた己の心の均衡を保つ妙薬のごとしと心得ている。

地元の者が発する、「こっちは大雨である」とか、「国道で事故があり渋滞している」とか、「熊が出没した」などといった話は、聞いて楽しきのみならず、暮らしにも資する情報となる。まことに実用的なものである。

結果としては、新聞の代わり、またはテレビの代わりともなっている。世の中の様子を知る上では、なかなか重宝している次第。

もともとは、この「エックス」なるものは、己が思いを発し、他と語らう場なのであろうが、私、それを始めてすぐに「申すことが何もない」と悟りしゆえに、もっぱら読むことが主にて、発することはほとんどなし。

まったく無音というのも心苦しく、「今日は天気がよい」とか、「山が美しゅう見える」とか、そのような軽き言葉を時折つぶやくにとどまっている。

世の中や政治について、意見がないわけではない。されど、然るべき知識も信念も定まりおらぬ身、軽々しく声を上げることは控えている。

この「エックス」の世には、間違うた情報もまた流れてはおるようだが、それでも役立つことの方が多きと、私は思う。結局のところ、すべては己の目と心、いかに見て、いかに選び取るかにかかっているのであろう。