運転が危のうなってきたという自覚は、さほど持ってはおらなんだ。されど、身近に年老いてなお車を操る者の危うき様子を目にし、「ああはなりたくない」と強く思ったことが、私にとっての出発点であった。
七十の歳を迎えた折、まもなく免許を返上するつもりでおると家族に話したところ、「まだ早い」「大丈夫」との言葉をもらい、ありがたくもあった。しかしながら、いかに「大丈夫」と言われようと、齢を重ねれば必ずや衰えは忍び寄る。私こそが、わが身の変化を一番知っている。
であれば、まだ判断が利くうちに、自ら潔く区切りをつけるべきと心得た。続けるにしても、あと五年が限度であろうと考え、よきところで見切りをつけたのである。
運転をやめるおよそ一年ほど前から、意識して車の鍵に手を伸ばさぬようにし、代わりに歩くことを日々の習慣とした。散歩の道も、次第に距離をのばしていった。
幸い、我が住まいの近くには、店も医院も揃っている。スーパーやコンビニまでは歩いて十ほど。かつては、このわずかの道にも車を使っておったことを思うと、今となっては不思議な気がいたす。
重き物は、今やすべてネットショッピングにて賄っている。箱入りの水、お茶、米など、かつては車で運んでおったものも、今では玄関先まで届けてくれる。値も変わらず、ありがたい仕組みであった。配送の方には心苦しきも、今の世の恩恵にてございますな。
医院も、徒歩十分ほどにて内科・歯科ともに揃っている。コロナの折には、その近さが何よりであった。街の中心部へ出るには、バスが一時間に一本。田舎にしては、これでも便のよき方と申せましょう。とはいえ、早朝や夜間には便もなく、折々にはタクシーの力を借りることもある。不便と申せば、確かに不便――されど、得るものも少なくはない。
運転を手放してよかったこと、いくつかある。まず、これまで使わぬまま鈍っておった頭を使うようになったこと。バスに乗るにも、時刻や乗継ぎを調べ、段取りよく動く工夫が要る。バスの乗り方一つ、最初はまごついたものの、今思えば、それすらもよき刺激となった。もし、もっと頭が鈍ってからであれば、こうはいかなかったろう。
歩くことも、かつての私には考えられぬほど日常となった。三十分の道のりなら、もはや苦にもならず、時にはリュックを背負い、一時間、二時間と歩くこともある。車で数分の場所へすら乗って出ていた日々が、もはや遠き夢のように思える。
