2024年11月26日

日記

『現代語訳 福翁自伝』を読申した。齋藤孝殿による編訳、ちくま新書の一冊にて候。

若き折、ある御仁の家にて本棚を眺めておったところ、福澤諭吉の全集なるものが整然と並んでおるのを見て、「これほど大量の文を、ひとりの人間が生涯に書き上げたとは…」と、ただただ驚かされたことがござる。

されど、当時は殊更に興味を抱くこともなく、そのまま福澤先生の著作とは縁がなかった。

ところが、隠居の身となって久しく、ある日、青空文庫の書目をながめておった折、「福翁自伝」なる題が目に留まり、なにげなく読み始めた。

口語体とはいえ、ところどころ分かりにくきところもあり、やがて注釈と解説のある本を探し、今の一冊を手に取ったのでござる。

福澤諭吉といえば、一万円札の御面相にもなった御仁、さぞ堅物の偉人とばかり思っておったが、読み進めるうちに、なかなか調子のよき御仁でもあると感じ申した。
殊に、若き頃のやんちゃ武勇伝は、やや鼻につくほどにて、「これはどうか」と思わぬでもなかった。

とはいえ、己の過ちも包み隠さず語り、都合の悪いことですらあけすけに記すその姿勢には、一種の潔さも感じられる。

福澤先生は、多くの維新の志士たちのごとく、刀を振るいし戦に加わることはなかったが、洋の事情に通じた一流の知識人にて、明治新政府への出仕の求めにも応じず、また経済界に名を連ねることもせず、ひたすら言論と教育の力をもって、この国の行く末に影響を与え続けた御方にござる。

貧しきなか、学問に励み、時に暗殺の恐れに怯えながらも筆をとり続けたその日々――容易ならぬ苦労人にてあったことが、ひしと伝わって参る。


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