このたび、「史実を歩く」という書を拝読仕り候。
吉村昭先生の筆になるもので、文春新書より平成十年の刊行にて候。
世に小説を書かんとする者、まずは資料に当たり、土地を踏み、人の話を聞くということは、いわば当然の務めにござろう。
されど、この吉村先生の探求の手の入れようは、まさしく常人の及ぶところにあらず。
たとえば「破獄」においては、脱獄の事に関わりし刑事や看守に、幾度となく足を運びて取材され、札幌の看守一人の証言を得るために四度も赴かれたとのこと。
また、聞き書きや書物をむやみに信じぬ覚悟、
「印刷された書物を全面的に信用することは危うい」と自ら戒め、
北海道警察史に記された「暴風雨の夜の脱走」という記述さえも疑い、現地の気象台にて裏付けをとり、
さらに看守長より「月の光が煌々としておった」との証言を得るなど、尋常ならざる徹底ぶりにて候。
拙者、先生の著作「破獄」のほか「高熱隧道」「大黒屋光太夫」など目を通した覚えがあるが、
もはや記憶もおぼろにて、あらためて読み返したく思うところ。
されど、つい古書屋に売り払ってしまったと覚え、これぞ痛恨の極みと申すほかなし。
2024年12月1日ーこのページー2024年12月3日