読書記録 史実を歩く 吉村昭著 文春新書 平成10年10月20日発行
作家吉村昭氏の取材手法がよくわかる本です。
一般的に、小説を書き始めるまでには資料にあたり、現地を歩き、関係者に取材するというのは当然あることだと思いますが、吉村昭氏のそれは並大抵ではない徹底したものです。
例えば、「破獄」はある脱獄犯の物語ですが、事件に関係した刑事や巡査、看守に取材しています。一人の看守の話を聞くために札幌まで四度も足を運びました。
しかも、聞いたり読んだりした内容を鵜呑みにしません。「私は、印刷された書物を全面的に信用することが危険であることを何度も経験しているので」と書いています。
脱走の日の天候について、北海道警察史にあった「暴風雨の夜を利用して何なく脱走した」との記述すら鵜呑みにせず、裏付けをとるために現地の気象台に行って記録を調べて、当夜は快晴であったことを知ります。さらにそれで終わらず、関係者に追加取材して、捜索にあたった看守長から「捜索中月が煌々と光っていました」との証言をとっています。尋常ではない徹底ぶりです。そのような逸話が多く紹介されています。
書いている途中の長編小説の原稿用紙二百五十二枚を焼却したこともあるそうです。書いている時代の背景を充分に把握していないまま書き始めたことがわかったからだそうです。ものすごく自分に厳しいのです。
吉村昭先生の著作では、破獄のほかに高熱隧道、大黒屋光太夫を読んだことがあります。ほとんど忘れているのでもう一度読み返したいのですが、どうもブックオフに出してしまったようです。大失敗でした。
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