私が、フェイスブックを始めし折のことである。いざ文をしたためようと致したれども、さて何を書けばよいものやら、思案に暮れた。結局は、どこぞへ出向いた折の絵姿や、外にて飯を喰うた折の絵姿などを載せ、まことに茶を濁すような真似にて始めた。
ある折、身内の者が病に伏し、入院した。その折、人の苦しむ最中に、我が遊興の有様など披露するは、いささか気が引けると申すか、後ろめたき心持ちになった。やるべき務めは果たしているゆえ、己の楽しみも許されようとは存ずれど、どうにも割り切れぬものである。
徐々に書き込みも減り、ついにはほとんど音沙汰なくなった。今では、生き永らえている証にとて、年に一度ほど、あるいは気が向いた折に、景色の絵姿を載せるばかりである。
あれほど多くの者が用いている道具にあれば、私にも相応しき使い道があるやもしれぬと、頭の隅にては思うものの、これといった工夫も浮かばぬまま、日を重ねている次第である。
