令和7年5月16日、「社会経済の変化を踏まえた年金制度の機能強化のための国民年金法等の一部を改正する等の法律案」が第217回通常国会に提出され、衆議院で修正のうえ、6月13日に成立しました。施行は令和10年(2028年)4月1日の予定です。この改正により、遺族年金はどこがどう変わるのか、現在(2025年11月26日)明らかになっている事項を解説します。
主な改正点
遺族厚生年金の主な改正点
遺族厚生年金は、主に会社員や公務員として働いていた方(厚生年金加入者)が亡くなった場合に、残された遺族に支給される年金です。今回の改正の核心は、5年間の有期給付の拡大と性別による受給資格の差をなくすことです。
1. 5年間の有期給付拡大と男女差解消
これまでは、亡くなった方(被保険者)の夫に対する遺族厚生年金は、55歳以上でなければ受け取れない(ただし、受給開始は60歳から)という年齢制限がありました。一方、妻に対する制限はありませんでした。
【改正後】 働き方や男女の差に中立的な制度にするため、性別にかかわらず、子どものいない20歳代から50歳代の配偶者には、遺族厚生年金を5年間の有期給付(期限付きの給付)とする措置が導入されます。
これにより、これまで支給対象外だった60歳未満の男性の配偶者も、有期給付の対象として新たに支給対象となります。同時に、夫の死亡時に60歳未満で子どものいない妻も原則として5年間の有期給付となります。経過措置があります。
【注意点】遺族厚生年金が5年の有期支給になるのは、あくまでも子どものいない20歳代から50歳代の配偶者であり、18歳になった年度の末日までの子(障害がある場合は20歳未満)を養育している妻には、有期ではなく生涯支給されます。また、60歳以上で配偶者を亡くした人もこれまで通り生涯支給されます。
2. 中高齢寡婦加算の見直し(段階的縮小・廃止)
中高齢寡婦加算は、夫を亡くした妻が40歳から65歳になるまでの間、遺族厚生年金に上乗せして支給される加算金です。
- 【改正後】 上記の「配偶者への支給の男女差解消」に伴い、この女性のみに対する加算措置は、段階的に縮小され、最終的に廃止される方向で見直しが行われます。(25年かけて段階的に縮小されます。)
3. その他
- 収入要件の廃止: 遺族厚生年金の受給資格としてあった「収入要件」が廃止されます。
- 死亡分割制度の新設: 離婚時の年金分割のように、亡くなった方の配偶者の厚生年金記録を、死亡時に一定の要件のもと分割し、配偶者自身の年金を増額できる「死亡分割制度」が新設されます。
- 有期給付加算の新設: 5年間の有期給付の対象となる方について、死亡分割の措置を受けられなかった配偶者には、自身の年金を増額するための新たな加算が設けられます。
遺族基礎年金の主な改正点
遺族基礎年金は、亡くなった方(国民年金加入者または受給資格者)に「子どもがいる配偶者」または「子ども」がいる場合に支給される年金です。
現在、遺族基礎年金は、子どもに支給される場合、その子どもが「遺族基礎年金を受け取る権利を持たない父または母」と生計を同じくしていると、支給が停止されることになっています。
【改正後】 この規定が見直され、子どもの生活をより安定させる観点から、支給停止の対象となる条件が緩和される方向です。
ポイントを解説
有期給付終了後の継続措置
今回の改正で、子どものいない20歳代~50歳代の配偶者(男女とも)への遺族厚生年金は、原則として5年間の期限付き(有期給付)になります。この5年で自立が難しい場合の「セーフティネット」が継続措置です。
5年間の有期給付が終了した後も、以下のいずれかの要件を満たす場合に、引き続き遺族厚生年金が支給されます。これは、所得が低いか自力で働くのが困難な場合の特別措置です。
- 低所得であること: 決められた所得の基準(例:年収が一定額以下)を満たしている場合。
- 障害の状態にあること: 障害により働くことが困難な場合。
死亡分割制度
これは、残された配偶者の「老後」を守るための新しい仕組みです。遺族年金(当面の生活費)とは性質が異なります。
夫婦が婚姻期間中に納めた厚生年金保険料の記録を、死亡時にも公平に分け、残された配偶者の老後の年金を増やします。離婚時の年金分割(合意分割)を死亡時に自動的に行うイメージです。
- 婚姻期間における、亡くなった方の厚生年金の加入記録をチェックします。
- この記録を、生存する配偶者と均等に2分の1ずつに分割し、生存する配偶者の厚生年金記録に加算します。
配偶者は、65歳以降に受け取る自身の老齢厚生年金の金額が増えることになります。遺族厚生年金ではなく、老齢厚生年金が増えます。
有期給付加算の新設
これは、上記の「5年間の有期給付」の期間中に、年金額を上乗せする措置です。
5年間の有期給付の対象者が、死別直後の経済的困難を乗り越え、生活再建しやすいように支援を厚くする目的で、5年間の有期給付期間中の遺族厚生年金の額に加算額が上乗せされます。
この加算により、有期給付期間中の遺族厚生年金の額は、現在の計算方法による額(報酬比例部分の4分の3)の約1.3倍に増額される見込みです。
施行時期と受給者への影響
改正の施行時期
遺族年金に関する改正項目は、令和10年(2028年)4月1日から施行される予定です。
ただし、女性の遺族厚生年金における有期給付化の対象年齢の引き上げや、中高齢寡婦加算の縮小・廃止については、制度変更による影響を考慮し、25年間かけて段階的に実施される予定です。
すでに遺族年金を受給している方
ほとんどの方はこれまで通り
現在、遺族厚生年金を受給している方、または施行日以前に受給権が発生している方については、基本的にこれまで通り年金を受給でき、受給額に大きな変更はないと考えていただいて問題ありません。
特に、以下のような方は、新しいルール(5年間の有期給付など)の対象外とされます。
- すでに遺族厚生年金を受け取っている方
- 施行日(2028年4月1日)の時点で、すでに40歳以上になっている妻(施行直後に大きな影響が出ないよう配慮されています。)
中高齢寡婦加算が縮小します
遺族厚生年金に上乗せされる「中高齢寡婦加算」についても、現在受給中の妻に影響はありません。 65歳になるまで、これまで通りの金額を受け取れます。
施行日以降に新たに受給権が発生する妻の中高齢寡婦加算の額は、施行日から25年かけて段階的に縮小・廃止されます。そのため、今後新たに受給権が発生する方ほど、加算額が少なくなっていきます。
65歳以上の方への影響
5年有期給付は適用されません
65歳以上になってから配偶者が死亡したときの遺族厚生年金は、「5年間の有期給付」の対象ではありません。
これまで通り、終身で支給される(一生涯続く)制度です。
現在65歳以上の方で、ご自身の老齢厚生年金を受給している場合、仮に配偶者を亡くされたとしても、遺族厚生年金は現行の終身給付のルールに基づいて、報酬比例部分の4分の3が支給されることになります。ただし、ご自身の老齢厚生年金との併給調整があるので、遺族厚生年金を満額受け取れるわけではありません。
死亡分割制度は適用されます
死亡分割制度は適用されます。 むしろ、この制度は65歳以降の老齢年金を増やすことを主目的として設計されています。
老齢基礎年金のみの受給者への影響
ご自身の老齢年金が老齢基礎年金(旧国民年金)のみの方、つまり厚生年金の加入期間がない方(主に自営業者や専業主婦の方)にも、死亡分割制度が適用されます。
死亡分割制度の仕組みは、以下のとおりです。
- 分割の対象: 亡くなった配偶者の婚姻期間中の厚生年金記録(標準報酬月額)です。
- 分割後の行方: この分割された記録は、残された配偶者の「自身の厚生年金記録」に加算されます。
- 給付への影響: この加算された記録に基づき、残された配偶者は65歳以降に老齢厚生年金を新たに受給できるようになります。
なお、遺族厚生年金そのものも、老齢基礎年金のみを受給している方が受け取る場合は、現行制度でも原則として全額支給されます。(遺族厚生年金と老齢基礎年金は65歳以降も併給可能です。)
この改正で影響が大きい方
終身受給できると思っていたのが5年で打ち切りになるというのは、残された方にとって非常に厳しい変更であり、この点こそが改正案の最大の論点でした。
特に以下の3つの条件をすべて満たす方は、現行制度と比べて受給期間が大幅に短くなるため、生活設計の変更を迫られることになります。
特に子のいない現役世代の妻は、終身保障が当たり前であった現行制度から、自立が強く求められる新制度への移行で、最も大きな影響を受ける層となります。