今日は四日。本来は仕事始めの日じゃが、暦の加減で明日五日からという御仁が多いようじゃな。拙者はリタイアしてより、以前にも記したような気がするが、何曜日であっても関係はない。関係はないが、忘れるとゴミ出しなど困ることがあるゆえ、今日が何曜日かは意識するようにしておる。
こんな生活ゆえ、さぞ暇を持て余しておると思われがちじゃが、不思議なことにそうではない。むしろ、やるべきことを時間が足りずに先送りにしておる気配すらあるのじゃ。
拙者がまだ現役で、そろそろリタイアが先に見えてきた頃のこと。「隠居したらどのような生活になるのであろうか、さぞ暇なのではあるまいか」と考えて、先にリタイアした先輩に会うと、それとなく様子を尋ねたものじゃった。
答えは千差万別、人それぞれであったが、大雑把にくくれば、「暇だ」と申す者と「忙しい」と申す者に分けられた。「暇である、会社時代が懐かしい」か、あるいは「いや、存外に忙しいのだ」のいずれかじゃ。その当時、拙者は「忙しい」と申す者の生活をうまくイメージできず、失礼ながら虚勢を張っておられるのだろうと、邪推したものじゃった。
そして今、実際に自分がリタイアしてみると、忙しいとしか言いようがない。会社へ行っていないのだから、その時間は丸々空いたはずである。しかし、不思議なことにそうではないのじゃ。
これについて、最近ある説を聞いた。曰く、「高齢になると、手足の動きが遅くなる。頭も例外ではなく、課題をテキパキと片付けられないので、時間がかかり、しかも的確な解を得ることが難しい。ゆえに、若い頃と違い何をするにも時間がかかる。だから時間が足りなくなり、忙しく感じるのだ」と。
果たして、まことであろうか。自分に照らして考えてみたら、残念ながらもっともらしく聞こえる。忙しいなどと申すのは、自分がいかに老いたかを吹聴しておるようなものじゃな。これまでも忙しいなどと人には言わぬよう努めてきたが、今後はさらに注意せねばなるまい。
今日も昨日に引き続き、気温は零度前後、雪はときどき降る程度で、比較的穏やかな一日であった。明日から、また寒波が来るという。
