私は、アップルウォッチを装着している。これ、初めて世に出た折より気になりはしたが、初物に飛びついて良い思いをしたことが無く、辛抱して次の型を待った。それは二代目、すなわちSeries 2である。
意気込みて使い始めたはよいが、結局のところ、時計として、メールを読む道具として、天気を知るため、目覚まし、時刻を計るためのタイマーとして、そして歩数を数えるものとして用いるくらいに収まっている。
まずもって時計としての役目。私は、もとは携帯を持つようになってより、腕時計からは遠ざかっていた。しかし、このAppleウォッチは腕に付けているゆえ、自然と時刻を目にするようになった。面白いのは、文字盤の装いを変えられることにて、気分で拵えを変えるのも一興。年寄りは認知に翳りが差すと針の読みが難しくなると聞いて、私はその試みとして、数字の無き針のみの文字盤を使っている。
次にメールを読む便利さはなかなかのもので、わざわざ懐から携帯を取り出さずとも、ちらりと腕で見られるのは便利である。返信も叶うらしいが、こんな小さき画面で細かいことを打つ気は起きぬ。なお、リタイアしてからは急ぎのメールなど届かぬゆえ、宝の持ち腐れにもなりつつある。
目覚ましとしては毎日欠かさず使っている。私は腕に付けたまま寝る故、振動にて目覚める仕組み、これが殊に都合よい。音でも起きるが、私には腕の震えがより効果的である。
この時計には体の具合を計る仕組みもあって、日々の歩数やら運動やらを示す。私もこれを見て散歩の励みにしている。
また座り続けていると、立てと促される。然れど、人と語り合う折や、立てぬ事情のときには鬱陶しくも感じる。
近ごろの型には、心臓の動きまで測れると聞く。年寄りは健康に執心するものというが、ここまで来れば、残りは余生、付録のようなものと思っているゆえ。妻には血圧を測れと申されて従ってはおるが、それ以上の細かき数字は望まぬ。
ところで、転げ落ちれば助けを呼ぶ仕組みがあると聞いていたが、私の持つ型には無く、先日派手に転んだが、何も起こらず。調べてみればSeries 4以降の機能と知った。
