本日、たまたま目にした知らせにて候えど、正月八日は「大戸屋・定食の日」と申す由。大戸屋と聞けば、若き日の思い出が蘇り申す。
拙者、若い折に江戸(東京)に暮らしておったころのこと。ある日、友人より池袋にて安くてうまい食堂があると聞かされ、その友人はかの店で奉公(アルバイト)したことがあるとも申しておった。
池袋に出向いた折、その話を思い出し、件の食堂「大戸屋」に足を運び申した。なにぶん五十余年前のことゆえ、記憶もあやふやに候えど、白き古びたビルの中にて、まこと大衆食堂の趣がありしと覚えておる。
一階は混雑しており、二階へ上がれと促され申した。何を食したかは定かならぬものの、たしかカツ丼であったように思い出す。人の出入りが多い割には早く供されたと記憶しておる。
また、料理を載せた小さき昇降機(エレベーター)が据えられており、厨房は別の階にあったように見えた。そこから店の者が料理を取り出し、席まで運んでおった。
その後は池袋に用もなく、結局その一度きりで縁が途切れ申した。それきり長らく思い出すこともなかったが、近年、とある町にて昼餉の場所を探しておるとき「大戸屋」の看板が目に入り申した。
その瞬間、かの池袋の大戸屋を思い起こしはしたものの、まさか同じ店であろうとは夢にも思わず、同名の店かと受け流したのでござる。そもそも大戸屋が和食の連鎖店(チェーン)として名を馳せておることすら、その時まで存じ申さなんだ。
焼き魚の定食をいただきながらも、いやさすがに別物であろうと打ち消しつつ、どうにも気になり帰宅してから調べてみれば、創業の地が池袋と知り、あらためて拙者が若き日一度入ったその店に違いなかろうと感心し申した。時の流れとは誠に大ききものにござるな。