2026年1月17日の日記 棟方志功

日記

本棚に無造作に積まれておった「棟方志功展図録」を見つけ、居間へ運びてしばしの間、見入ってしもうた。

これは、志功殿が亡くなられた翌年、昭和五十一年から五十二年にかけて全国で催された「棟方志功展」の、青森の松木屋デパート会場へ足を運んだ折、買い求めたものじゃ。

志功殿は明治三十六年のお生まれゆえ、拙者の親より上、どちらかと言えば祖父母の世代にあたる。一度だけ、街を歩いておられる姿をお見かけしたことがあるが、遠目にもすぐ志功殿と分かるほど、まことに放つオーラの強い御仁であった。

志功殿のことを初めて知ったのは、高校に通っておった頃じゃ。友が「スコ、スコ」と申す。何のことかと問えば棟方志功の話であった。志功は「シコー」と読むが、なまって「スコー」と呼ばれ、親族などはさらに縮めて「スコ」と呼んでおると、その博識な友が教えてくれた。されど、いかに身内といえど「スコ」と呼ぶのは失礼な気がいたすな。左様に呼ばれておったとしても、まだ世に出る前の、若き日のことであろう。

さて、武蔵の国、行田の銘菓に「十万石」という饅頭がござる。その包み紙は、志功殿がこの饅頭のために描いた絵なのじゃ。

拙者は行田まではなかなか機会がないので、大宮の駅に降り立つことがあれば、駅前の「そごう」の地下にて、これを買い求めるのを常としておる。

今日はみぞれが降ったりやんだりの一日であった。