変わり映えしない日々の日記 2025年4月 日記 2025.03.312026.03.13 春の訪れを待ちわびつつ、今か今かと日々を過ごしていたが、いざ四月に入ってみれば、思いのほか寒さが残って、ストーブを一日中使わずに済んだ日はなかった。 2025年4月30日の日記 Pythonしばらく離れておったPythonに、ふたたび挑んでおる。されど、タイピングが、どうにも拙く、思うように進まぬのが悩みの種であった。あまりに誤り多く、これはいかんと、今さらながらにタイピングの練習をやり直すことにした。やってみてつくづく感じる... 2025年4月29日の日記 カバンの洗濯先日、うっかり珈琲をこぼしてしまったカバンを丸ごと手洗いしたところ、みちがえるほどにきれいになった。これに気をよくし、他のカバンもついでに洗うこととした。素地がポリエステルやナイロンといった布のものをまとめて選び、前のごとく桶に湯を張り、洗... 2025年4月28日の日記 町内会「町内会」というもの、いずこの地にもあるものと聞き及んでいる。私の住まいする所にもあって、なかでも「班長」なる役目が、十年に一度ほど巡ってきます。その務めと申せば、回覧板を回し、町会費やら募金の銭を集め、市より届く広報の紙などを配り歩く――... 2025年4月27日の日記 コーヒーをこぼした今朝がたのことであった。食卓にて、パソコンを広げ、あれこれしていたところ、ふと脇見をした拍子に、腕が茶のみの器――それもマグカップなる大ぶりの湯呑に触れてしまい、熱き珈琲を盛大にこぼしてしまった。慌ててパソコンやスマホなど、濡れては困る道具... 2025年4月26日の日記 リュックちょいとした外出の折にも、私はたいてい背にリュックを負うて出かけることが常であった。とはいえ、銭入れを出すたびに背からごそごそと探るのは、少々気が引け、見た目にもあまりよろしくない。されば、近頃は銭入れやスマホを、ポシェットに収め、紐で首か... 2025年4月25日の日記 天使のくれた時間本日、アマゾンプライムビデオにて、「天使のくれた時間」と申す異国の映画を観た。舞台は、ニューヨーク、金も地位も思うがままの成り上がりビジネスマンが、ある日ふと、まったく別の世に放り込まれる――そんな趣向であった。そこは、かつて別れた恋人と所... 2025年4月24日の日記 断捨離かつての頃、我、手元の品々を断ち捨てる「断捨離」とやらに励みしことがある。死して後、我が家にガラクタ山積なれば、片づける者に難儀をかけるやもしれぬ――かように思ったがゆえになった。されども、親の遺した品を一つひとつ見定め、選り分けてまわった... 2025年4月23日の日記 炭酸先日、ふと目にした宣伝に心をくすぐられ、「炭酸洗浄歯磨き」とやらを手に入れた。まだ使い始めて日も浅きところなれど、なかなか具合がよろしゅうある。成分とやらを見れば、「重曹」と「クエン酸」なるものが含まれている由。私の記憶によれば、この両者、... 2025年4月22日の日記 花見近ごろ、近所の公園にて桜の花がほころび始めたを見て、さて、名のある桜の名所は如何ほどかと、足を延ばしてみた。行ってみれば、すでに満開を迎えたところもあれば、いまだ五分咲きほどのところもあって、場所ごとの趣き、なかなかに興味深きものであった。... 2025年4月21日の日記 通行止めこの頃、東京にて、土曜・日曜の二日ばかり、鉄道の一部を止め、羽田なる飛行場へ通ずる新たな道筋の工事をなしたとのことであった。テレビには「不便だ」「困った」とこぼす民の姿が映されておったが、私思うに、あれこれ路線が通じ、地の下には地下鉄、地の... 2025年4月20日の日記 クレジットカードさて、昨日のことだが、一通の文が届きた――差出人は、常より用いている某カード会社。そこには次回の支払い額、なんと「ゼロ円」と記されておりた。私、思わず首をひねる。何と申しても、月々支払う分は少なからずあるもの。たとえば、例の「アップル」なる... 2025年4月19日の日記 スマホこのたび、少しばかり遠出をいたし、電車に揺られながら、桜を見に行った。肝心の花は、いまだ咲き始めといったところにて、満開とは参らなんだが、空はよく晴れ、景色麗しき道をのんびりと歩けただけで、まこと心豊かなる一日であった。行きも帰りも、私、車... 2025年4月18日の日記 四つ足と神社ちと所用あって、久方ぶりに出かけることとなり、その折には、かの地に鎮座まします名のある神社へ、ひとつ参拝してみようかと思い立ちた。場所を確かめるため、その神社のサイトを訪ねてみたところ、住所はすぐにわかりた。されど、目に入った注意書きにて、... 2025年4月17日の日記 大人の休日倶楽部パスこのところ、年に一度ばかり、「大人の休日倶楽部パス」なる切符を手にし、小さき旅に出るのが、私のささやかな楽しみとなった。五日間にわたり、新幹線にも乗り放題という、まこと贅沢な通行手形であった。私の場合、毎日その日のうちに帰る「日帰りの旅」を... 2025年4月16日の日記 ロスト・キング 五百年越しの運命このたび、「ロスト・キング 五百年越しの運命」なる異国の物語を観た。電車に揺られている折や、ふと時の間が空いたときに備え、アマゾンのFireにいくつか映画をダウンロードしているのが、私の近ごろの習わしであった。この作品、初めのうちは話の筋が... 2025年4月15日の日記 大事なもの近ごろ時折、目にするのはパソコンを紛失せり」というニュースであった。本日も、また一件、その類のニュースを見かけた。思うに、このような事案、表に出るものは氷山の一角に過ぎぬのではあるまいか。報道されぬまま、ひそかに処理されている例も少なくなか... 2025年4月14日の日記 パリタクシー昨夜、アマゾンプライムビデオにて、「パリタクシー」なるフランスの映画を拝見仕りた。物語の発端は、九十二歳の婦人、名をマドレーヌという。その日、彼女は老人ホームへと移るため、タクシーを呼び寄せた。運転手はシャルルなる男、やや偏屈にも見える中年... 2025年4月13日の日記 満月 本日は一日を通して空曇り、陽の光も姿を見せず、いささか陰鬱な空模様であった。気温は十八度まで上がったとは申せ、風が強く吹き渡り、肌に触れる空気は冷ややかに感じられた。今宵は満月の夜とのこと。しかしながら、空は一面の雲に覆われお月様は拝めずに... 2025年4月12日の日記 Linux本日は、「Windows」のパソコンに、「Linux」というOSを入れ直す作業に挑みた。されど、この手の作業、私にはそう易々とは参らぬ。うっかり説明を読み飛ばし、進めてしまった結果、二度もやり直し、ようやく三度目にして事なきを得た。思えばこ... 2025年4月11日の日記 生成AI本日、私は生まれて初めて、「生成AI」に、ひとつのコード――単位換算の小さき仕組み――を作ってもらいた。しかも、生成AI殿は、仕組みそのものはもちろん、それがいかなる道理で動くのか、そしていかにして動かすべきか、その一切をたちどころに示して... 2025年4月10日の日記 こころ旅今週より、田中美佐子殿が自転車にて各地を巡るという「こころ旅」なる番組が、再び始まった由。今週は南国・日向の国、すなわち宮崎の景色を届けてくれている。私はこれを録画して、午後のひと段落ついた頃に、湯呑み片手に静かに鑑賞いたしておりまする。自... 2025年4月9日の日記 グランチェスター 牧師と刑事の殺人捜査昨夜は、アマゾンプライムビデオにて、「グランチェスター 牧師と刑事の殺人捜査」と申すイギリスの連続物語を拝見した。第一の巻を通して見終えたが、まこと見応えのある一作であった。主人公は牧師にてあらせられるが、戦の後遺症ゆえに深酒に溺れ、女難も... 2025年4月8日の日記本日の空模様は午前中こそ穏やかに晴れ渡っておりましたが、午後三時を過ぎたあたりより、しとしとと雨が落ち始め、しだいに本降りとなった。気温は十三度、春とは申せ、なお冷えを覚える一日であった。 2025年4月7日の日記 認知症先日、茶飲み話の折に、認知症の話題となった。ある者が申すには、頼みごとを何度しても果たされず、「おかしい、何か変だ」と思ったところ、後にその人が認知症とわかり、ようやく腑に落ちたとのこと。私にも、似たような出来事があった。ある折、用向きがあ... 2025年4月6日の日記 モバイルバッテリー私が手首に巻いているApple Watchは、長らく連れ添ってきたゆえ、どうにも近ごろは息切れを見せるようになった。なので旅の折などは、モバイルバッテリーを持参して給電しているのだが、なぜか満ち足らず、四割程度にて充電が止まることが常となっ... 2025年4月5日の日記 同じ靴今朝方、電車に揺られているときのことであった。ふと目をやれば、正面に座る御仁が私と同じ模様の靴を履いておられた。「おお、珍しきこともあるものよ」と一瞬思ったが、すぐに気が付いた。何のことはない、近ごろ私はもっぱらワークマンの品に信を置いてい... 2025年4月4日の日記 清明本日、暦の上では「清明(せいめい)」――春分を越えて、草木の芽吹きもいよいよ明るさを増す頃とされておりまする。されどこの「清明」という節気、言葉としてはなかなか耳慣れぬもの。たとえば「今日は立春ですな」などと申す人は時折おれど、「今日は清明... 2025年4月3日の日記 高齢者のパソコン世の中には、いつしか「高齢者はパソコンが苦手」という言葉が、さも当然のごとく流布いたしておりますが、私は――それはやや違うのではないかと愚考仕っておりた。そもそも、今の「高齢」と呼ばれる御仁らは、若き頃よりすでに機械と向き合って生きてこられ... 2025年4月2日の日記 門車を手放して以来、足に頼る暮らしとなり、歩く道すがら自然と靴の底も擦り減るというもの。されば本日、馴染みの「ワークマン」にて、新しき一足を求めてまいりました。このたびの靴のことにて、ふと頭をよぎりましたのは、夏目漱石の「門」に登場する宗助殿... 2025年4月1日の日記 春四月になったな。日々の暮らしに明確な境目があるわけでもないのに、暦が改まるというのは不思議なもので、「さて新たな月か」と、つい気持ちもしゃんとするような気がします。思えば三月――あっという間に過ぎたような心地がいたしましたな。大雪に追われ、... 変わり映えしない日々の日記私は以前にも一度、ブログで日記風のものを書いたことがある。しかし、あまり続かず、筆が途絶えがちになりそのうちそのブログも止めてしまった。今回も、またぞろ同じ道を辿るやも知れぬが、懲りもせず、もう一度始めることにした。