私は、紫式部が書き残しし「源氏物語」という書物を読み進めておる。定かではないが、かかる書の存在は幼少の頃より知っていたように思う。
はっきりと記憶であるのは、高校生の折。ある国語教師が、よく源氏物語の話をする人であったゆえ、内容は知らぬに、桐壺とか須磨とかいう名前を覚えてしまった。
その教師の影響は無いと思うが、長じて、昭和の終わり頃、河出書房新社より与謝野晶子訳の源氏物語が出版され、ちょっとしたブームになりしことがあった。流行に弱い私は、その本を買い求めた次第。宣伝に釣られ、世界最古の小説という源氏物語を、日本人として一度は読んでおくべきではないかと思ったのである。
しかし、少し読み始めて、当時は挫折した。その当時はあまり面白いとは思えなかったので。今にして思えば、あのとき、もう少し我慢して、「明石」あたりまで読んでおれば、面白みが分かったのではないかと残念に思っている。
あれから数十年たち、隠居して時間が多くなり、数年前のことだが、再度挑戦しようと思い立った。今度はKindleに青空文庫版を入れた。同じ与謝野晶子訳である。百円であったと記憶している。
それより数年、少し読んではやめ、しばらく間をおいて、また少し読んでみるという調子にて、だいぶ時がかかりしが、ようやく、第23帖「初音」までたどり着いた。まだ半分もきておらぬ。実を言えば、日を空けて読んでおるゆえ筋も人の名前も忘れてしまい、ウィキペディアにて、帖ごとのあらすじを読みながら読み進めてきたゆえ、読んだ、とはとても言えぬありさまだが。
まだ途中だが、まことにすごい物語だと思う。愛情、嫉妬、苦悩など、心の描写は現代にもそのまま通用する。今の人も千年以上前の人も心においては変わりないことを、紫式部が書き残してくれた。また、衣類や建物や調度についても、時代が違う人が読むという想定はしていないはずだが、今の時代の者にも分かるように書き残してくれた。
また、私は、読む前には、光源氏の女性遍歴の物語という先入観があった。実際、女性遍歴が軸になっている物語なれど、光源氏は女性遍歴ばかりいたしていたけではなく、朝廷において、政争の浮き沈みを経て重要な役目をつとめ、その仕事ぶりにおいても周りから信頼され、国家を担っていたことが描かれている。ドン・ファンとは違うのである。かかることが分かっただけでも収穫であった。
難点を言えば、価値観の違いがあるが、これはやむを得ぬことであろう。時代が大きく違うゆえ。男女関係というものの価値観が大きく違い、それと時折現れる光源氏の我儘な振る舞いが貴人ゆえに問題にされぬことなど、今の価値観で読めば、なかなか共感や同調はできぬもの。しかし、面白い。実に長き物語なれど、波乱万丈にて飽きさせぬ。正直、初めは苦痛であったが、読むうちに面白くなった。
ウィキペディアによれば、この後、源氏の君はさらに栄華を極め、その後、衰退していき、出家の後亡くなり、最後の宇治十帖は次の世代の物語になるとか。
読了まであとどれだけかかるか、はたして読み切れるのか分からぬ。なので、一旦、ここに書き留めておくことにした。
本日は晴れた。
