除雪について考えていた 2026年3月27日の日記

日記

とうとう敷地内の雪が無くなった。庭の一角に、昨日は少し残っていいたのだが、今日の昼にみたら無くなっていた。春になれば雪は解ける。分かっているのだが、あれだけの雪が無くなってしまうことには、毎年感心する。

さて、除雪が上手くなかった市では市長の責任を問う声もあるという。しかしなあ、と思う。どうすればよかったのだろうか。

雪を処理する方法は、結局のところ二つしかない。その場で溶かすか、どこかへ運ぶかだ。そして、そのどちらを選んでもカネがかかる。もっと良い方法にはもっとカネがかかるのが相場だ。

現在の「重機で押し、ダンプで雪捨て場へ運ぶ」という手法は、平年並みの降雪であれば機能している。しかし、予測を超えた豪雪に見舞われれば、途端に立ち行かなくなる。かといって、万一の事態に備えて余剰の重機や人員を常に確保しておけば、小雪の年には「税金の無駄遣い」と指弾されるに決まっている。

「抜本的な対策が必要だ」という声もよく耳にする。しかし、その具体策は何だろうか。誰もが膝を打つような、魔法のごとき解決策はあるのだろうか。

今日、すっきりと雪が消えた庭を眺めながら、私が考えても詮無いことながら、答えのない自問自答をしてみた。