火野正平殿、逝かれた。――このニュースには、私は、まことに驚き、しばし呆然とした。まさか、まさかであった。なんとも残念なことである。
私が正平殿を好ましく思うようになったのは、「こころ旅」と申す自転車旅の番組が始まってからのことであった。あの風変わりな企画を、見事に自分のものとして旅しておられた姿、まこと見事であった。
私とほぼ同じ歳。歯が痛い、腰が痛いとぼやきながらも、息を切らしてペダルを漕ぎ進むその様子、弱さも笑いに変えて、誠実に旅を続ける姿には、自然と心打たれた。
正平殿が我が近くを訪れた折には、私もまたその足跡をたどってみたこともあり申す。旅先の風景、道ばたの草花、人とのやりとり、どれもが記憶に残っておりまする。
近年は、さすがの正平殿も歳を重ねられたな――と感じることが多くなっていた。さて、いつまで続けられるものか、と思いながら見守っていた。
それでも、まさか電動には乗るまい――と勝手に思っていたが、ついに電動自転車となった。あれを見たときは、「これはだいぶ悪いのかもしれない」と心配になりつつも、「いや、これでまだ数年はいける」と、少しほっとしたのも偽らざる心であった。
この秋からは、別の者が代役を務めはじめ、正平殿は大御所として、時折のご出演となるやもしれぬ――そう考えておった。
しかし、あのまま旅立たれるとは、まことに思いがけぬこと。あまりに突然のことで、まだどこか信じきれぬ思いが拭えませぬ。
