うろ覚えにて恐縮ながら、昔、何かの折に耳にしたことがある。曰く――「銭が細かく貯まること、惣菜を買い喰らうこと、すぐ腹を立てること、これら三つは、いわゆる認知の衰えのきざしであると。
なるほど、小銭が貯まるというのは、銭勘定が面倒になり、つい紙のお札ばかりを出すようになるから――と、そんな説明であったように思う。ふむ、道理といえば道理にござろう。
されど、残る二つ――惣菜を買ってくることと、すぐ怒りを露わにすること――これについては、拙者、いささか異論がある。惣菜好みの若者なぞ、今どき幾らでもおるし、癇癪持ちも年齢に関わらず見受けられる。かような気質の違いを、すべて老化のせいにするは、些か早計に過ぎよう。
また、他にも申しておったか――「感受性が鈍る」「心ときめかぬようになる」などと。これも一理あるようで、拙者には、むしろ逆に思えた。若き頃、いかに世が感動的なドラマや映画に涙せしとも、拙者は心動かされること少なかった。あまりに情に走ることが、どこか他人事のように思えてな。
されど近頃はどうであろう。年を重ねた今、些細な物語にも心揺さぶられ、目頭が熱くなる。涙腺が緩んだと申すか、情けが深くなったと申すか――老いとは、かように不思議なものでござる。
拙者のささやかな経験に照らせば、認知症のきざしとは、つまるところ――「同じ咄を繰り返すこと」「約定をすぐに忘れること」――この二つに尽きると心得る。
本日は、よく晴れて、誠に涼しき一日であった。気温は十八度、風も心地よく、これぞまさに、隠居暮らしの佳日と申せましょうな。
