「転勤命令」って拒否できないんですか?
一般的には転勤を拒否できない
後輩(若い会社員): 先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど、会社って従業員に転勤を命令する権限があるんですか? もし転勤しろって言われたら、僕たちって断れないんでしょうか?
先輩(大学時代の先輩): うん、それはよくある質問だな。基本的に、日本の法律や過去の裁判の判例から見ても、会社に業務上の必要があれば、従業員に配置転換や転勤を命じることは原則として認められているんだ。だから、特別な事情がない限り、会社からの転勤命令は拒否できないと考えた方がいい。
後輩: そうなんですね…。業務上の必要性ってどんな場合ですか?
先輩: いろいろあるぞ。例えば、欠員の補充、若手を育成して将来の幹部にするための抜擢、いろんな仕事を経験させて職務能力を上げさせるため、取引先との癒着を防ぐため、なんかも理由になるな。
後輩: でも、もし入社するときに「転勤なし」って約束してたり、職種を限定する契約だったりしたらどうなんですか?
先輩: ああ、それは話が別だ。もし雇用契約を結ぶときに、転勤がないことや職種を変更しないことが明確に約束されていたなら、会社は原則として君に転勤を強制できない。 労働条件通知書とか雇用契約書に明記されていればそれが根拠になるし、書面がなくても、入社時に口頭で明確に「転勤はない」と約束されていた場合も、それが根拠になり得るぞ。
後輩: なるほど! それは確認しておかないと。でも、会社に転勤を命じる権限があったとしても、それが「不当」な命令になることもあるって聞きましたけど、それはどういう場合ですか?
先輩: その通りだ。会社に人事権があるとはいえ、転勤命令が「権利濫用」と判断された場合は、その命令は無効になる。 裁判の判例だと、主に次の3つのケースが権利濫用にあたるとされている。
転勤命令が無効になる3つのケース
先輩:
- 業務上の必要性が全くない場合 これは、会社側が転勤を命じる合理的な理由がないケースだな。ただ、会社の経営判断だから、会社側はいろいろと理由付けができるから、この点で争うのは結構難しい。
- 不当な動機や目的で命令が出された場合 例えば、君が会社内で正当な内部告発をしたことへの報復とか、上司に正当な理由で意見したことに対する懲罰的な人事異動だったりする場合だな。こういう場合は主張できる事実があれば可能性はあるけど、会社側が「懲罰じゃない」と反論してきたときに、それを証明する証拠を示すのが難しいのがネックだ。
- 従業員が通常我慢すべき範囲を著しく超える不利益を負う場合 これが一番デリケートな問題だな。転勤によって君や君の家族に与えられる不利益が、社会通念上「これくらいは我慢してね」というレベルをはるかに超えていると認められるケースだ。
後輩: 「通常我慢すべき範囲を著しく超える不利益」って具体的にどんなことですか?
先輩: これまでの裁判例を見ると、「共働きだから土地を離れられない」「家を建てたばかりだ」「子どもを転校させたくない」「単身赴任はしたくない」といった理由だけでは、転勤を断る正当な理由としては弱いと判断されることが多い。最高裁の判決でも、高齢の母親と同居していて幼い子どもがいる会社員が転勤を拒否したケースで、会社が懲戒解雇したことに対して、転勤が家庭生活に与える不利益は「通常甘受すべき程度」だと判断されて、会社の権利濫用には当たらないとされた例もあるんだ(東亜ペイント事件、昭和61年)。
後輩: え、そうなんですか…じゃあ、僕たちの事情はほとんど考慮されないってことですか?
先輩: いや、完全に諦める必要はないぞ。 「通常甘受すべき程度」の線引きは明確にされているわけじゃないし、同じような状況でも人によって負担の重さは違うからな。特に、転勤することで家族の命や身体に危険が及ぶような場合、例えば家族が重い病気を患っていて特定の病院に通い続けなければならないとか、家庭が崩壊するのが目に見えているような場合は、「通常甘受すべき程度」を明らかに超えていると判断される可能性が高い。こういうケースでは、転勤を断る正当な理由になるはずだ。
後輩: そういえば、最近の法律でも「ワークライフバランス」とか「育児・介護」に関する配慮って言われてますよね?
先輩: その通りだ。労働契約法第3条3項には「労働契約は、労働者及び使用者が仕事と生活の調和にも配慮しつつ締結し、又は変更すべきものとする」と明記されているし、育児介護休業法第26条でも、会社が転勤を伴う配置変更をする場合、その変更によって子の養育や家族の介護が困難になる労働者がいれば、その状況に配慮しなければならないと規定されている。だから、君が家庭を大事にするのは当然だし、法律も社会もその方向に向かっていると言える。もし受け入れがたい転勤を打診されたら、まずは上司に家庭の事情を丁寧に説明して、再検討をお願いすることから始めるのがいいだろう。
転勤を拒否したらどうなる?
後輩: もし、どうしても転勤しろって言われた時に、僕が「受け入れません」って言ったらどうなるんですか?
先輩: 会社によっては転勤命令を撤回してくれることもあるだろうけど、会社によっては解雇を含む懲戒処分を科してくる可能性もある。 もし懲戒処分を受けた場合、正当な理由があれば解雇の無効を争うことはできる。だけど、職を失って収入が途絶えてしまうリスクは大きい。君に家庭の事情があるから転勤を拒否したいわけだから、そんな中で無収入になるのはリスクが大きすぎるから、これはできるだけ避けたい事態だ。だから、もし転勤がある会社に勤めていて、転勤できない事情があるなら、転勤話が出る前から上司に事情を説明して、理解を得ておくことを強くおすすめする。
後輩: なるほど…。もし「転勤を拒否したら解雇する」って言われたら、どうしたらいいんですか?
先輩: その場合は、可能であればいったん命令に従って転勤することも選択肢の一つだ。急に職を失うのはリスキーだからね。 一旦転勤命令に従って異動しても、その転勤が不当だったとして争うことは後からでもできる。
転勤以外の配置転換は?
後輩: 転勤じゃなくて、例えば部署異動とか、仕事の内容が変わる「配置転換」の場合はどうですか?
先輩: 基本的には転勤の場合と同じで、会社の命令を拒むことは難しい。拒否できるケースはかなり限定的だ。 例えば、労働条件通知書とかに「事務員」と明確に職種が明記されているのに、突然「営業に行ってくれ」と言われた場合は、当初の雇用条件を根拠に断ることも一応は可能だ。ただ、「一応」というのは、採用時と会社の状況が変わって、会社の言い分に合理性がある場合は、それを受け入れざるを得ないこともあるからだ。
後輩: 会社の事情が変わるって、例えばどんなケースですか?
先輩: 近年は経営環境がすごく早く変わるからな。君が所属していた部門が縮小されるとか、会社としてやむを得ない事情が発生することは多々あるんだ。ただし、君が特殊な資格や技術を持っていて、その資格や技術を全く活かせない業務に配置転換される場合は、労働契約書にどう書いてあろうと、君の同意なしにはできないとされている。
後輩: 嫌がらせ目的の配置転換とかは争えますよね?
先輩: もちろんだ!嫌がらせとか、君を退職に追い込むといった不当な目的で行われた配置転換は、当然争うことができる。 例えば、君がその業務に全く向いていないことを会社が承知の上で、過度の苦痛を与えるような配置転換を命じるようなケースだな。
後輩: よくわかりました! ありがとうございます!
先輩: いつでも相談に乗るぞ。困ったら一人で抱え込まずにまた連絡してくれ。
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