日記

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2025年7月12日 挨拶

朝がた、庭先にて草木の様子を眺めていると、拙宅の前を小学校へと向かう子どもたちが通って行くことがある。昔であれば、庭先におる拙者を見つけると、「おはようございます」と元気よく声をかけてくれる子も多かったものだが、いつの頃からか声がかからなく...
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2025年7月11日 詐欺の手口

ぼんやりとテレビを眺めておったところ、またぞろ「詐欺」なる輩の手口を扱ったニュースをやっておった。いかにも芝居仕立てにて、「このように騙され申すぞ」と懇切丁寧に演じてみせる趣向。されど、毎度思うのだが――かような説明、ほんに必要なことであろ...
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2025年7月10日 先生

何年も前のことでござるが、ある日、街中を歩いておった折、思いもかけず、かつての師と出くわしたことがあり申した。拙者、思わず「先生!」と声をかけ申したところ――師はにこやかに「やあ」とお応えくだされたれど、どうにも拙者のことを思い出してはおら...
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2025年7月9日 フロッピィ・ディスク

昼餉前、ちと物探しをしておった折、ふと、納戸の隅に積まれておったダンボール箱のひとつに目が留まり申した。久しく手を触れておらなんだ箱なれば、これはなんであったかと、そっと開けてみ候。中には、年経た書き付けや、見覚えのある正方形の薄き板――「...
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2025年7月8日 越後の笹飴

数年前のこと、初めて越後高田を訪ねる機会があり申した。その折、かねてより気になっていた「越後の笹飴」を見つけて、迷わず買い求め候。夏目漱石の『坊っちゃん』に「清が越後の笹飴を笹ぐるみむしゃむしゃ……」という描写がある。それを読んだ当時、拙者...
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2025年7月7日 登米の商家

いまより幾年(いくとせ)も前のこと、宮城の登米を通りかかりし折、往時の趣を今に伝える立派なる商家を目にいたし候。そこは醤油を醸す元にて、販売もなしておるとの由、車を止めて立ち寄り申した。中へ入りしところ、老主人と覚しき御仁が、「ちと中を見て...
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2025年7月6日 新型コロナを振り返り

拙者は、かの新型コロナという疫病に際しては、七度(ななたび)もワクチンを打ったのでござる。副反応(ふくはんのう)とやらも、ことさらひどいとまでは言わぬが、決して軽いものでもなかった。周りからは「ワクチンなど打っても無駄骨じゃ」という声もあっ...
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2025年7月5日 Suica

このたび江戸にて乗合の駄賃車に乗り申した折、乗り込むときに Suica を触れしはよいものの、降りるときにては触れどころが見当たらず、少々面食らい候。これなるは均一の駄賃ゆえ、乗り始めにて勘定立て申す仕組みにて候らし。平素は乗るにも降りるに...
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2025年7月4日 手形が廃止される由

聞けば小切手や手形と申すもの、令和八年の三月をもって廃止される由に候。拙者が世に出て五十余年の昔には、支払いと申せば小切手か手形が常の事にてござった。手形と聞けばいろいろと思い出すことが多ござる。集金に赴き候えば、顔を合わせてから手形をこし...