先日、茶飲み話の折に、認知症の話題となった。ある者が申すには、頼みごとを何度しても果たされず、「おかしい、何か変だ」と思ったところ、後にその人が認知症とわかり、ようやく腑に落ちたとのこと。
私にも、似たような出来事があった。ある折、用向きがあって人に電話をし、日時を定めて訪ねた。しかし、いざその場に赴いてみると「そんな約束はしていない」「勝手に来ては困る」と、きつく叱られ、面食らったことがあった。
そのときは訳が分からず、そっと引き下がったが、のちのち「その人、認知症を患っているらしい」と耳にし、ああ、そうであったかと、胸中に静かに落ちるものがあった。
ふと思い出したのは、映画『Mr.ホームズ 名探偵最後の事件』にて、老いしホームズが記憶を失わぬよう、人の名を袖に書き留めていた場面。あの天下の名探偵も、時の流れには抗えぬのだと、しみじみと感じ入ったものである。
また『手紙は憶えている』という映画では、やはり認知症を患う老人が、自らに宛てた「手紙」を頼りに旅をする。その手紙の存在を忘れぬよう、手のひらに「手紙を読む」と書きつける姿が、何とも切なくも尊く映った。
されど現実には、ただメモを取ればよいというものでもない。書いたことを忘れ、書いたものの意味も見失う。老いの影は、静かに、しかし確かに、日々の中に入り込んでくるものであった。
本日は、朝こそわずかに雨が落ちたが、日中は晴れやかなる天気となり、青空に心ほころぶ時を過ごした。気温は十二度、やや肌寒くも、風は穏やかであった。
