夏目漱石の「虞美人草」、この度、ようやく通して読み終えた。ようやくと言うのは、昔から漱石作品が好きで、虞美人草も読んだことはあるのじゃが、漱石はまことに語彙が豊富で、特にこの著作は、拙者のような者には理解できぬ美文調が延々と続くので、難しいところはつい読み飛ばしてしまい、しっかり読み通したことがないのだ。
今回も、しっかり読み通したとは言えぬが、以前よりは時間をかけて、反芻しながら読んでみた。たまたま、電車に長い時間乗った機会を利用したのである。
登場人物は、宗近君と妹の糸子とその父、甲野さんと妹の藤尾とその母、小野さんと小野さんの恩人の井上とその娘の小夜子。主にはこの九人だけである。
今回は再読であるからして、この九人の性格と関係を概ね記憶していたので、楽に読めた。最初に読んだときは途中で混乱していたのじゃった。
冒頭場面は、何の説明もなく甲野さんと宗近君が山歩きをしているところから始まる。二人の会話はさして面白いとは言えないが、ここで挫折して本を置いてはいけない。物語が動き出すのは山歩きが終わってからじゃ。
あらすじは脇に置く。漱石は、糸子のような女性が好きだったのだろうと思う。男性陣では宗近君に思い入れが強いようじゃ。漱石は繊細だと思われているが、宗近君のようにおおらかな面もあったのだろう。実に複雑な人物なのじゃ。
この作品、言葉遣いが難解で、明治の頃は良かったかもしれないが今の時代に合わない。理屈っぽい哲学的掛け合いも時代に合わぬと思う。しかし、そういうところを我慢しながら読んでいくと、単なる恋愛小説ではなく、上質のミステリーを読んでおる気分になる。当時、評判が良く、三越が人気にあやかって虞美人草デザインの浴衣を発売したらずいぶん売れたそうである。
虞美人とは中国秦末期に覇権を争った楚の項羽の愛妾の名で、自害した虞美人の墓から生えたので虞美人草というのだそうだ。「ひなげし」のことだというが、そうと分かれば縁起の良い花ではない。
今日は一日中弱い雨が降り続いておった。
2025年12月7日ーこのページー2025年12月9日

